いしだ壱成

1995年10月から12月にかけて、いしだ壱成主演・野島伸司脚本の『未成年』という連続ドラマが放映されていた。高校三年生の主人公が友人達と共に悩んだり怒ったりする、ドラマだった、ように思う。正直あらすじは余り覚えていない。


未成年 DVD-BOX

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あらすじも覚えていないのに放送期間だけ明確に覚えているのはなぜか。それは僕がちょうど1995年に高校3年生だったからだ。10月から12月といえば、大学受験直前ということになる。「受験どうしよう。そもそも俺は大学生になれるのか。なってどうする。勉強やる気しねえ」みたいな。焦りと不安だけが寒さと一緒に学生服の襟から毎日忍び込んでくる時期で、僕は何をするでもなく、なぜか毎週このドラマを見ていた。


ストーリーに全く共感は覚えなかったし、楽しみに見ていたという記憶もないが、毎週いしだ壱成が叫んだり走ったり泣いたりするのを見ながら、僕はただドラマの中にある焦りだけを共有して時間を潰し、来るべき日を先延ばしにしようとしていた。その思い出は僕の中で結構なインパクトがあるイメージらしく、今でもなぜか「明日企画書提出しなきゃいけないのに、全然進んでない。どうしよう」と思いながら眠りに就くと、いしだ壱成が叫んでいる夢を見ることがある。何を叫んでいるのかは相変わらず、さっぱりわからない。勿論翌朝目覚めても、企画書は全く進んでいない。


断片的な記憶を辿ると、結構ひどいドラマだった気がする。
主人公は不安と焦燥感と反抗心を抱えた若者で、幼馴染はどこまでも陽気で、知的障害者役の香取慎吾はどこまでもピュアで優しくて、優等生はどこまでも真面目で、チンピラの友人(反町隆志だったような気がする)はどこまでも粗暴で。要するに全ての登場人物がどこまでも型にはまって忠実に行動するドラマ。確かに、若い時には自分以外の全てが型にはまっているように見える時期があるけれど、そういった意図で物語が組まれていたようには見受けられなかった。野島伸司ドラマに共通する現象なのかも知れないが、兎に角登場人物とその科白全てが寓話的で、「こんなドラクエのパーティーみたいにバランスが取れた(或いは上手くバランスが崩れた)友達集団なんて無えよ」と思いながら見ていた。


終盤になると更に現実離れが加速して、最後はいしだ壱成が学校に立てこもって警察だか機動隊相手に演説をぶつ場面で終わる。しかもそれまで何も伏線が無かったような内容の、いきなり神様の見えない声に突き動かされて若者の代弁者になってしまったような演説。要するに野島伸司の演説。
「え、学生運動万歳ドラマなの?」「若者の反抗や熱いってテーマを全部学生運動に帰結させて終わるの?」とその無茶苦茶な幕切れに唖然としたものだ。当時僕はノートに日記を付けていて、最終回を見た後、「恐らく今の時代に若者が立てこもっても安田講堂のように機動隊は突入してこない。学生運動のときほど警察や機動隊も無邪気じゃない。良くわからないけど熱さや無垢さを失ったのは若者ではなく、突入する側の大人のほうなんじゃないか」といったニュアンスの日記を書いた事だけをハッキリ覚えている。なぜ立てこもったのかは忘れた。唐突に感じたのだから、きっとドラマ展開的には納得できない理由だったのだろう。


個人的にはひどいドラマだったが、3ヵ月間見続けた挙句に「無茶苦茶だなこりゃ。感情移入もできな。いや、してる場合じゃない。勉強しよう」と気持ちを切り替えて、土壇場の追い込みで翌96年3月には大学に合格するわけだから、僕の進路には大きく貢献してくれたドラマ、という事になるのだろう。ストーリーやメッセージ性とは無縁の効果だけれど。


なぜ急にこんな思い出話を書いているかと云えば、別に今が受験シーズンだからではなく、谷原章介がいしだ壱成の元妻と結婚というニュースを見たからだ。いきなり二児のパパだって。


ドラマ『未成年』内で、谷原章介いしだ壱成の兄役だった。
弟とは違い両親からも将来を嘱望される優秀な兄で、確かいしだ壱成は自分が惚れた桜井幸子谷原章介に取られてしまうのだ。たまたま僕が顔を覚えていて後から谷原章介が有名な役者になっただけで、当時は主役のいしだ壱成に比べれば実社会での谷原章介なんて典型的な脇役役者だったと思う。


ところが今では、少なくとも茶の間におけるいしだ壱成は、「あの人は今」的なポジションに位置する芸能人であり、元妻と元妻の間に設けた子供を谷原章介に根こそぎ取られた男として久しぶりに芸能ニュースに登場しているわけである。列車に飛び乗らなくても、現実は突然やってくる。学校に立てこもって機動隊を呼びつけなくても、ドラマはいたるところに落ちているのだ。少し面白いなと思った。


確か主題歌はカーペンターズの『青春の輝き』だった。

青春の輝き?ヴェリー・ベスト・オブ・カーペンターズ

青春の輝き?ヴェリー・ベスト・オブ・カーペンターズ


当時CDを買いに行ったら「今話題のドラマ『未成年』の主題歌!カレン・カーペンターズの可憐な歌声が(略)」といったポップがあって。力が抜けて買うのをやめたのを思い出した。カレン・カーペンターて。